すばらしき整体
現在使っている、もしくは学んでいる整体の数々をご紹介!
快医学
瓜生良介氏が、各種自然療法をまとめられた綜統医学。
息・食・動・想・環
だれでも行う4つの要素に環境を加えた5つをいのちの〈快〉原則に従って生きる方法を提案。
呼吸法、体操法、入浴法、食事法、断食法、温熱療法、薬草茶…etc多岐にわたる具体的な方法がある。
中でも伝統療法の飲尿療法は、ユニーク。
(実は、私も学生時代、尿道炎をこれで治しました。)
学生時代、瓜生氏の30時間スーパードクター講座を一度受け、その後、熊本へ帰ってきてから快医学をされている坂田道夫氏の講座に参加し、現在も天門整体では快医学をベースにしている。
現在、坂田氏が、随時精力的に講座を開催していて、熊本が、世界で一番快医学卒業生の多い県になった。2021年4月には、快医学世界大会を熊本で開催し、パレスチナ、ネパール、コロンビア、メキシコ各国からもネットで情報交換が行われ、広がりを見せている。
毎年、9月の連休にスキルアップセミナーが、御船町七滝の「いのちのふるさと」で開催。
毎年2月には、タイの快医学メンバーと交流をはかるツアーも開催されている。
【お金のかからない貧乏医学】
というところが非常に気にいっていて、さまざまある技法の中から、自分の気に入ったものを好きに生活の中でやっていくゆるさと幅の広さがある(笑)。
単に酒好きが多いところがまたいいところ(笑)!
基本的な施術としては、筋反射で臓器をチェックし、橋本敬三先生の「操体法」で骨格を整え、髄液の流れをよくする手当法「クラニオセイクラル(頭蓋仙骨療法」を行う。
快医学ネットワーク
https://kainet.fem.jp/wkn/wkn2/?fbclid=IwAR0m8W5Czc9lqrYxAB2_gZTrMBt0jSpTkIiJ7Qu4_7D9B-lVx1zHoYSuQxM
野口整体
野口晴哉(はるちか)氏が設立した整体法。1911年(明治44年)9月 - 1976年(昭和51年)6月22日)
9歳のとき関東大震災で被災し、近所の肉屋のおばさんが、腹痛で苦しんでいたのを、手当で治してしまった時から、「整体」探求がはじまる。そして16歳で「整体協会」を立ち上げ、堂々と大の大人たちの前で講演をし、治せない病はない…と豪語するまでに。
幼い時からジフテリアで声が出せなかったので、国会図書館から毎日本を借りてきては、読み漁り、小学生にして多い時で1日30冊も読んでいたようだ。
歯の痛い同級生に催眠術をかけて痛みをとったり、退屈な催事にあたり、無意識の意念で「前の人ゆれろ」と思うと、前の人がゆれはじめ、そのうち全員ゆれはじめ、ついには、お坊さんまでゆれさせるという遊びをしたりという逸話にことかかない。
はじめは、〈治療〉としてやっていたが、あるおばあさんが治療を受けに来た時、何もしていないのに勝手におばあさんの体が動いて「先生、ありがとうございました」と言って帰った出来事を目の前にして以来、〈治療〉を捨て〈教育〉として行うようになったという。そこで、整体協会では、治療といわず指導という。厚生省認可団体だったのを文科省に移すという徹底ぶり。
基本的には、「愉気(ゆき)」という手当法と「活元運動」という原初動物的な無意識運動を誘導する運動が、その基礎となる。
有名な著書に「風邪の効用」があるが、潜在意識教育法シリーズの「叱り方 褒め方」や「躾の時期」などは、こどもだの教育だけでなく、指導者としてどのように言葉かけをしたらよいかが非常によくわかる本だ。
背骨の観察を重視する野口整体では、人のタイプを5つの腰椎✕2(積極、消極=奇数、偶数)=10種に過敏と遅鈍の2つを加えた12種に分け、これを「体癖」としてまとめた。
ヨーロッパのルドルフ・シュタイナー、アメリカのエドガー・ケイシーと並ぶ、日本の野口晴哉。もっと世界的に知られるべき人だと思う。
「整体」という言葉は、霊学や療術をまとめた晴哉氏が作ったものとされている。
奥さん昭子さんの著された本「回想の野口晴哉」(ちくま文庫)は、私のバイブルです!
楽健法
真言宗僧侶、山内宥厳(ゆうげん)さんが、虚弱だった自分の体質を整えるために学んだものを「楽健法」としてまとめられました。1936年生まれ、現在85歳、現役で活躍中。
「楽健法」は、足で全身を踏んでいく整体法。指圧ですと一部分に圧がかかるので、本当に知っている人でなければ、筋繊維を痛めやすく、その時は気持ちよくても、翌日「もみかえし」として、ひどくなることがよくあります。
ですが、足の裏の広い面積を使って行えば、その心配もあまりありません。
内ももからふくらはぎ、足首、足裏と脚を重点的に踏んで参りますが、普段、内ももを踏まれることがないので、
「こんなところが痛いなんて!」
と思われる方が、多いと思います。そうした気付きも、体のことを知る上で非常に重要ですので、必要だと思う方には、必ず踏むようにしています。
施術でよく使わせていただいていますが、非常に即効性もあり、脚が軽くなります。
家庭療法としても優れているので、「お二人でぜひやってください!」と、おすすめしています。
自分が踏まれることで、相手にどのように踏んだらよいか…ということが、よくわかります。
「汝の欲するところを人に施せ」
そうすることで相手と自分とのよい循環が始まります。コミュニケーションとしても非常にすぐれていると思います。
「2人ヨーガ」という名がつけられている所以ですね。
この他にも独自に研究された楽健寺酵母をつかった天然酵母パンの普及など、食についても本当の発酵食品のすばらしさを伝えておられます。
全国を出張蕎麦で行脚していた時に一度、おそば打ちでおじゃまさせていただき、また講座にも参加させていただきましたが、本当によくしていただきました。アヒムサの岡林先生にしろ、本当に偉い方は、ぜんぜん偉そうでなく、丁寧な対応をされるのだな…ということをその姿から伝わって参ります。
https://www.tojoshinbun.com/rakkenho.html
※私が「足圧リンパ」としているのは、この楽健法をベースに独自の方法でやっているものです。
色彩経絡療法(筋診断法)
鍼灸では、ツボに針を刺して、与える刺激で経絡を治療していきますが、この針の代わりに三角の「色片」を使います。色の刺激を皮膚が感受して、気の流れをよくするのです。
針の痛みがないのが、特徴で、しかし証がしっかりとれると即効性があります。
具体的には、お腹を触って硬結のあるところが、どの色の組み合わせでゆるむかを見つけていきます。
意外なことにこれで霊症なども対応できたりします。心配事があると必ず出る診断点などこころとからだの具体的なつながりとみて感じることができるところも非常におもしろいところですね。
6色の色紐を使って診断していくのですが、そのねじり方で、その意味がまた違ってきます。
私の気功の師、山口気功の会の濱野富士代先生に教えていただきました。
先生からは、霊元功、憾天柱、昇降開合…などなどいろいろな気功法を習いましたが、中でもサッカーボール功は、非常にユニークでした。ボールを持って動くがけで柔軟度があがるのですから…。サッカーボールの五角形・六角形の組み合わせは、実は、フラーレン構造といって炭素C60の構造と同じもの。ですので炭素ベースの人間とも共振するのは、自然なことなのです。そこに白黒の陰陽の原理まで入っているのですから、サッカーが、ここまで人気になったのも無意識の共振が、潜んでいるかに見えます。
おっと、筋診断のお話から離れてしまいました。
濱野先生は、元々看護師でしたが、気感が鋭く東洋医学に出会われてから「これだ!」と、そこから、ひたすら独自の道を歩まれ、最近は紫や緑まで使われている様子。また、学んでみなさんにご紹介できれば…と思います。
そのうちブログでも面白い情報を書き込んで参りますね(笑)。
ヴィパッサナー瞑想
お釈迦様が悟りを開いた瞑想法が、このヴィパッサナーだといわれております。
瞑想が整体?
と思われるやもしれませんが、体から体を整えるのが「整体」、ならば心から体を整えるのが、「瞑想」です。「整心」と言ってもいいでしょう。
私は、10日間の瞑想で、そのことを身を持って体験しました。最終的には、野口整体でいうところの活元運動(アヒムサでは自己生動)が起こり、「私が愛でありさえすればよかったんだ!」と、改めて知花先生の言う「愛一元」が自覚されました。詳しくは、下記からご覧ください。
「吉岡のヴィパッサナー体験記」
このHPのブログ記事に転載しました↓
https://tianmenzhengti.webnode.jp/l/%e3%83%b4%e3%82%a3%e3%83%91%e3%83%83%e3%82%b5%e3%83%8a%e3%83%bc%e7%9e%91%e6%83%b3%e4%bd%93%e9%a8%93%e8%a8%98/
https://sobauchijun.jugem.jp/?eid=99
この瞑想法は、古来よりインドにあり、釈迦によって再発見されたと言われています。
https://jp.dhamma.org/ja/about-vipassana/
これが、インド仏教衰退後、隣のミャンマー、タイ、スリランカで残り続け、20世紀になり日本にも入ってきたという歴史の大きな流れがあります。
インド仏教が大乗の流れで中国へ入ってきた時には、「四念住経」として伝わり、これが天台宗の中の「摩訶止観」として日本にも伝わっておりました。
が、近年、世界中に広がり、多くの方が接することができるようになりました。
「止観」は、2つの瞑想「止」…サマタ瞑想、「観」…ヴィパッサナー瞑想のペアの観法となります。
肉体に起こる「感覚」に焦点をおき、それを丁寧にひたすら観察し続けるものです。